貴方と解ける雪女

春を俟ち あなたと解ける 雪女 只々地は 日に照らされり

首斬りの美学

 刑罰の歴史は人類の歴史に比例して発展してきた。人類が発展途上に至った訳は即ち刑罰の衰退にある。首斬り浅右衛門が途絶えた旧刑法の制定によって、文明国に成り下がろうとした我が国も同様の結果をさあ、御覧じろ。

 

 フランス革命のギロチンに斃れたマリーを想う。シャルルアンリサンソンの情熱を想う。あの一瞬、刃が肌に触れて民衆の目のような冷ややかさを感じたまま己の肉体を遠くに見据え、フェードアウト。

 

 美学を貫く容易ならぬ心持ちで締まった肉の奥に眠る臓を溢れ出させて首を飛ばした三島由紀夫は己の滑稽にもおもえる死に顔を見て何を感じただろうか?ああ美学とは滑稽なのだ。玩具の如き滑稽なのだ。

 

 映画文明が起こった1890年代、早くも映像の魔術を斬首で描いた『メアリー女王の処刑』はまさに今手を掛けられんとするメアリーを直前に人形と置き換える事で見事な切り離しをみせる。

https://youtu.be/uv9zuJObOek

 

 人々は野蛮な本性を卑しくも顕に法治国家の名の下に映像に暴力を追求し熱狂した。効果音と共に刀が振り下ろされ地に転がり落ちる無機質な球体。直前まで恐怖にしろ、雄姿にしろ、溢れんばかりの生気を持った人間がたちまち、哀れな玩具に成り果てる。そこにこそ、我々は美学を見出して人間の魂の尊厳は死の前ではいとも簡単に無に帰せて見世物の栄光とともに記憶からも消え失せていくことを知るのだ。